体外受精は非常に妊娠率が高く、不妊症の治療に革命をもたらしたといってもよいでしょう。
体外受精ではまず、女性の卵巣から成熟した卵子を取り出します。一方、男性の精液からは元気のよい精子を集め洗浄します。そして卵子と精子を体の外で出会わせて受精させます。実際には緻密な医療機器と受精に最適に調整された培養液のなかで受精が行われます。受精した卵子のことを受精卵と呼び、培養を続けると4~8つほどの細胞に分裂します。さらに長期間培養すると着床寸前の胚盤胞という状態にまで発育します。この胚盤胞を細いカテーテルを使って子宮の中に戻します。その後、子宮の内側の膜に入り込み、着床して妊娠となります。
体外受精の実態
どのような方が体外受精を受ける必要があるのでしょうか?
卵管が詰まっているか、癒着している方
卵管が詰まっていると卵子と精子が出会えず、体の中では受精できません。体外受精はもともと、こうした方のために開発された治療法です。卵管が詰まっているといわれたら体外受精を受けることを考えてください。卵管は通っているが、通りが悪い場合にも妊娠しにくくなるため、体外受精の必要があるといえます。また、卵管は通っていても、周囲と癒着している場合もあります。こうした場合には卵管が卵子を取り込んだり、子宮まで運んだりすることが難しくなるため、体外受精を行わないと妊娠しにくくなります。
お腹の中に癒着や炎症、その他の異常がある方
子宮や卵巣近くのお腹の中に癒着や炎症などの異常があると、卵巣から卵子がうまく排卵できなかったり、卵管が卵子を取り込めなかったり、受精がうまくいかなかったりします。このような場合も体外受精によって妊娠することができます。
精子の数が少ない、奇形が多い、元気な精子が少ない方
ちゃんと排卵していて卵子が卵管の中に取り込まれていても、そこまで元気に運動する十分な数の精子が行かなければ受精しません。ですが体外受精・顕微授精なら、精子の数が少なかったり、奇形の精子ばかりで正常な精子の数が少なかったり、あるいは元気にまっすぐ泳いでいる精子が少なかった場合でも、その中に少しでも生きた精子がいれば受精が可能になります。
精子が卵子にたどり着くのを妨害する抗体がある方
体の中に、精子に結合して精子を動かなくしてしまう抗体ができることがあります。これは女性にも男性にもできることがありますが、これがあると射精された後、精子は動かなくなってしまうため、子宮頚管から子宮の中、さらに卵管まで進めなくなってしまいます。この場合も体外受精を行うことで妊娠することができます。
原因不明で長い間赤ちゃんのできない方
いろいろ検査をしても異常はなく、いろいろな治療を受けたのだけれども何年も赤ちゃんができないという、原因不明の不妊症の方も残念ながらたくさんいらっしゃいます。このような方はぜひ体外受精を試してみてください。体外受精を行うことによって、検査ではわからないけれども妊娠を妨げている要因、例えば、排卵した卵子を卵管が取り込んでくれないピックアップ障害などを回避することができるので、妊娠できるようになります。
1 卵巣刺激
体外受精を受ける時の卵巣刺激法にはアンタゴニスト法、ロング法、ショート法、クロミッド法等があります。
ロング法では月経開始の一週間前、ショート法では月経開始の当日から点鼻薬(スプレキュア、ブセレリンなど)を開始します。点鼻薬は採卵の前々日まで続けます。
アンタゴニスト法、ロング法、ショート法では月経開始2〜3日目からhMGかFSH(卵胞刺激ホルモン)の注射を始めます。注射は毎日です(平均10日)。ご都合がつかないときは自己注射も可能です。アンタゴニスト法では、卵胞が15ミリ前後になると排卵を抑える作用を持つ、アンタゴニスト(セトロタイド、ガニレスト等)の注射も併用します。必要に応じて卵胞の大きさの測定、血液検査を行い、卵胞が成熟した時点(平均して注射を始めて10日目)でhCGを注射します。hCGの注射は採卵の34.5~35.5時間前ですので、夜9時から12時頃になります。なお、予想採卵数が多い場合にはhCGの注射の代わりにGn-RHアゴニスト(注射または点鼻薬)を使っていただく場合がございます。
一方、クロミッド法では月経2〜3日目からクロミッドを1日1錠内服していただいて、卵胞の発育を待ちます。必要に応じてhMG、FSHやアンタゴニストの注射を併用することもあります。卵胞が十分な大きさになって血液検査で卵子が成熟してくれたと判断された時点でhCGかGn-RHアゴニストを使い、その34.5〜35.5時間後に採卵します。
2 採卵
hCGを注射して、あるいはGn-RHアゴニストを使って34.5〜35.5時間後に卵胞から卵胞液を採取します。当クリニックでは採卵時は麻酔をしますので、痛みの心配はありません。採卵に際しては手術室で超音波で卵胞を見ながら卵胞液を吸引します。
採取した卵胞液はシャーレの上に広げ、顕微鏡で観察します。すると、卵丘細胞というきらきら光る細胞により放射状に取り囲まれた卵子が見えます。卵子は卵丘細胞と一緒に丁寧に培養液の中に移します。この培養液は自然の卵管の中にある液の組成によく似たものであり、卵子や精子にとって快適な環境です。
一方、男性には精液を採っていただきます。精液が採取できると、その中から元気よく運動している精子だけを集めます。
3 体外受精
体外受精には2種類の方法があります。
体外受精(IVF)
採取した卵子の入ったディッシュに調整した精子を入れ、出会わせることで受精させます。
顕微授精(ICSI)
当クリニックでは現在Piezo-ICSI(ICSI:卵細胞質内精子注入法)を行っております。この方法では、直径5ミクロン位の非常に細いガラスの針の中に精子を1匹吸い込みます。顕微鏡下で、針を卵子の細胞質の中に入れ、針の中の精子を中に注入します。
ICSIでは、卵子を受精させるのに必要な精子の数は卵子1個あたり1匹で済むため、精子の数が特に少ない重症の男性不妊症の方でも妊娠できます。また、十分な精子がいるにも関わらず、通常の体外受精を行っても受精しない方(受精障害)の場合も、顕微授精を行うと受精して妊娠ができるようになります。
顕微授精には高い技術を要しますが、当クリニックでは神戸ではじめてICSIによる顕微授精に成功しました。以後、常に技術を研鑽し、最新の設備の導入とあいまって常に高い妊娠率を維持しています。
4 培養
受精卵を次の日に顕微鏡で観察すると卵子と精子、すなわち女性と男性由来の2つの核が見えます。2つの核が観察でき、受精が確認された卵は新しい培養液に移してさらに培養します。その後受精卵は2日目には2~4個の細胞に、3日目には約8個の細胞に分割し、さらに4~6日目には着床直前の胚盤胞という状態になります。胚盤胞まで発育した受精卵は凍結保存します。
5 凍結
当クリニックでは得られた良好な受精卵はほとんどの場合、凍結保存をしています。これは採卵した周期ではホルモンのバランスや子宮内膜の状態が悪くなる場合があるため、受精卵を凍結保存しておくことで、状態の良いときに胚移植を行うことが可能になるためです。
また、現在では多胎妊娠を防ぐため、胚移植数は原則1個とされています(2008年
日本産婦人科学会会告)。受精卵は-196℃の液体窒素の中で何年でも保存できるため、もし複数個受精卵を凍結できた場合は、お一人目のお子さまが誕生された後に、保存しておいた受精卵でお二人目の妊娠を考えることも充分可能となります。
凍結保存の方法は、当クリニックでは近年主流となっているガラス化法(Vitrification法)で行っています。
ガラス化法(Vitrification法)
通常、細胞をそのまま凍結すると細胞内に氷晶が形成され、細胞内の構造が破壊されてしまいます。このためガラス化法では、高濃度の凍結保護剤の中に胚を入れた後、液体窒素内に一気に投入し、一瞬にしてガラス化(非結晶化)状態にすることで細胞の破壊を防ぎます。胚は、少量の液と共に専用の小さな板に乗せた状態で保存しています。
6 胚(胚盤胞)移植
受精卵が分割卵、あるいは胚盤胞の段階まで育つと、受精卵を子宮の中に戻します。受精卵を細いカテーテルの中に入れ、このカテーテルを子宮の中に挿入し、受精卵をごく少量の培養液とともに子宮の中に注入します。(イラスト参照)これを胚移植といいます。移植はほとんど痛みもなく5分ほどで済みますが、その後1時間ほどベッドで安静にしていただきます。
以前の体外受精や顕微授精では採卵後2~3日目の分割卵の段階で受精卵を子宮に戻すことが多かったのですが、これはその頃の培養技術では体外で培養するより、早めに子宮の中に戻した方が妊娠率が高かったということがあります。
しかし最近は、胚盤胞まで育った受精卵を一旦凍結し、別の周期に移植してあげることが多くなりました。これは培養技術の改良も理由の一つですが、採卵周期では排卵誘発剤等の影響で子宮内膜が着床しにくくなっている場合があり、内膜状態のより良い次の周期以降に戻してあげた方が妊娠率が高くなるからです。
患者さまのご希望があれば、採卵周期でする新鮮胚移植も行っています。分割卵、あるいは胚盤胞、3日目と5〜6日目に2回移植する2段階胚移植などがあります。
7 妊娠判定
移植後約2週間で妊娠の判定をします。